[解説・補足]三角比(その3)

この記事は、動画「三角比(その3)」3.定義:三角比の拡張で述べたことへの補足を行います。

※これらの動画の意義は、私が「高校物理をきちんと物理するために必要な数学」をまとめることです。仙台に高校物理・数学の塾を開いており、この動画の流れは私が実際に講義で行う授業の簡略版というようなものです。


1:定義の拡張について

さて、今回は今まで定義していた三角比なる量を拡張する講義になっています。

一番「基礎的な三角比」とは、動画「三角比(その1)」1.定義:三角比とは

にて扱いましたね。もし分からない方がいらっしゃれば、まずはそちらをご覧ください。

 

ここにおいては、三角比は「三角形の辺の」によって定義されていましたから、角度θは0°より大きく、90°より小さいものでした。(この意味が分からない方は、動画「三角比(その3)」3.定義:三角比の拡張の、0:30-1:20あたりを見てみると良いでしょう。)

 

これで確かに話を完結させてもいいのですが、数学はしばしば一般化や拡張を行おうとします。つまり、今回の話で言えば、角度θを90°より大きい角度に拡張してあげられないか?そのためにはどのようなルールを設けてあげればいいのか?というようなことを考えるのです。

 

実際、高校2年生でやることになる「三角関数」という分野においては、この三角比の定義をあらゆる角度(100000°であろうが、2000000°であろうが。しかもマイナスの角度-1000000°なども考えられるようにしてしまうのだ!!)に対して拡張することになります。

これは、初めて数学に触れる高校生にとってはよく分からない子も出てきてしまう分野かもしれません。今までは0°<θ<90°という範囲に限っていた気がするのに、いつの間にかどうしていろんな角度について扱えるようになってしまっているのか?

定義を拡張することに関する端的な答えはこのような感じ:

今までのルールに「追加ルール」を加えてみて、今までのルールを損なわないようにあれこれ工夫してみようとすること。

 

ですから、実は数学者も、「定義を拡張する」ときはおっかなびっくりなのです。「本当にこんな拡張の仕方でいいのかなあ・・・大丈夫かなぁ・・・」のように。そうとは知りませんよね??でもこれが普通なのです。数学者たちが「こういう風に拡張したらうまく今までのルールも損ねずにすむんじゃない?」というふうに、議論して新しい世界を開拓していくのです。

そして、私たちは幸いにも、いろいろな数学者が研究した「成果」に触れることができます。彼らに大感謝なわけです!!


2:今回の三角比の定義の拡張方法は…

もう動画「三角比(その3)」3.定義:三角比の拡張をご覧になった方はわかるかと思いますが、今回の三角比の定義の拡張方法は、

半円状の座標P(x.y)と、円の半径r

に焦点を当てています。これらx,y,rを用いて三角比を拡張し、0°以上180°以下のどんな角度についても扱えるようにしています。

これは新しい三角比の定義です。しかし、上にも述べたように、この新しいルール(定義)が、元のルールを損ねたらまずいわけです。(そのあたりの動画は動画「三角比(その3)」3.定義:三角比の拡張(05:32)をご覧になってください。)

ですが、実際動画でも述べたように、この新しい定義は、元の定義と一切矛盾しません!!

ですから、この新しい定義を元の定義の一つの自然な拡張として使うことにしてはみないか??というふうになったわけですね。

 

この辺りの数学の事情は知ってるようで知らない方も多いとは思います。実際私は大学に入って数学を学んでからいろいろ気づくこともありましたし、高校の先生が教えてくれるとも限りませんからね。


3:まとめ

:どうして三角比は0°より大きく90°より小さい角度に対してのものなのに、180°まで扱えるようになるの??

:「なんで」というよりは、「そうすると矛盾なく自然な拡張に見えるから、とりあえずそれ使ってみない??」という割とフランクな感じが答えになるかと思います。(笑)

 

(終)

教育について思うこと

先ほど、TEDにて次の動画を見ました。

 

 

「学校教育は子供の創造性を潰している?」というタイトルです。

リンク先へ飛べば視聴できます。英語で聞けない方は字幕があるので、そちらでJapaneseを選べば日本語訳を表示させつつ見ることができます。

このお話を聞き、少し教育についての考えをまとめさせていただきます。


日本はとても間違いに対して敏感な国だと思っています。

(この人の話を聞く限り、日本以外の国でも例外ではないようです。)

 

 

出る杭は打たれる。間違いは徹底的に叩く。少しでも間違えたらネットの晒し者にされてしまったりします。そういうのも恐れているのか、周りと同じように、同じように、真似して、出っ張らないようにする傾向がある。

ここから私が思うのは、「何らかの固定概念に支配された人しか育たないのではないのか」ということです。あたかも機械のような。これにはたくさん反論もあるとは思います。極論ですから。

でも、このTEDのスピーチでKen Robinsonが例に挙げていた学習障害の子が、彼女の場合はダンスに秀でていたわけですが、たまたま彼女の医者の提案でダンススクールに行かせてあげることを提案して、それが実った。

もしも彼女の母親が学力主義の人で、ダンススクールに行かせるなんて将来どうなるかもわからない、経済的に安定するかもわからない、などとしてやはり学習の方に特化させたりしたら・・・それは彼女の今ある未来はなかったのでしょうね。

こういう話は学校教育などの場面でもあり得る話ですよね。先日Twitterの記事で正方形の面積を求める問題で子供が「対角線×対角線÷2」とやったらバッテンをくらい、正解は「一辺×一辺」にしなければならないというものを見て驚きました。こんなことが実際に蔓延ってしまっていたら、子供が考える力を失っていくということにも信憑性が増しますね。掛け算の順序も決められたやり方でやらないとバッテンを食らう話も有名です。

しかし、それで点数の差をつけられ、順位がつけられ、親が「〜君は何点ですごいけど、あんたは〜」などのようなレッテル。点数社会。子供は、点数を取るために、必死になる。いい学歴を持つために。それが、大学受験が終わるまでのひとまずの目標になり、大学に行くことの本来の意味は薄れている可能性が高い。大学受験が終われば、燃焼して、力つきる。

学歴=最高のような考えが拡がっていて、学歴を持たない人がいけない、という風潮が一部で支配的になっていることがそもそも良くない。そういう風潮があるから、親も子も必死になってしまう。出る杭にはなりたくないから。

持論としては、Ken Robinsonと同じで、子供の好きなようにやらせればいいと思うのです。倫理的・道徳的におかしいことをやろうとしているのであれば、それは親が止めなければならないでしょう。それも一つの教育。ただ、学歴至上主義に惑わされて、本当にやりたいことを見失ったり、その機会を消失するのはもってのほかだと考えます。

自分はたまたま学問の道を歩んでいますが、そうでない人が大半でしょうし、そういう人は学問に捉われず(もっと言えば、大学なんていう縛りには捉われず)もっと興味のある分野にひたすら向かっていけばいいですよね。そしてきっと、どう進もうが失敗は絶対つきものだと思います。自分もこの塾をたちあげようとしている段階で、これから失敗しかないのだろうなぁと思っていますが、それでもいいと思っています。これが自分の今のやりたいことであるし、きっと今やらなければ後悔するから。

(自分はまだそういう大きな失敗の前段階にいるような人種なので、こういうことを口走るのは偉そうだとかいうふうに批判されるかもしれませんが)「何かやりたいということがあれば、それに突き進んでいけばいいのではないのか」と思うんですね。


長々と書いてしまいましたが・・・教育についてとても複雑で難しく、でも重要で考えなければならない問題だと感じさせられましたので簡単に記事にさせていただきました。

(終わり)

 

物理学のはじまり ガリレイ時代の背景

これは前回の記事の続きになります。今回は

②当時の歴史的背景を提示する

ということを書きたいと思います。

 


②当時の歴史的背景

さてガリレイらが地球が動いているのか動いていないのかという問題について取り組んでいた時、時代がどういう背景であったかをお話いたしましょう。

(1)彼の時代はローマカトリック教会が支配しており、聖書の教えが絶対であった。そこでは地球は動いていない、天が動いているのであるとする「天動説」が暗示されていた。

以前の記事「物理学のはじまり 地球が回ってる」でも述べたように、コペルニクスが打ち立てた「地動説」の世界体系は世の中に受け入れられているとは言い難かったことから、天動説が主流の考え方であったことはわかりますね。

(2)アリストテレス主義というものが皆の共通の考え方であった。この考え方は目的因という考え方に根ざしている。それによれば、「すべてのものはそのあるべき位置をわきまえ、大抵はその位置を保っているが、その位置から外れた時にのみ運動が起こり、元の位置に戻るように行う」という風に物体の運動を解釈した。例えば、石は普通地面にある。だから私たちが元の位置である「地面」から持ち上げ手から離してやると、元の位置である地面に戻るように落ちていく。このような考え方が当時の常識だったんです言ってしまえば一種のこじつけでしょう。

子供「どうして石は落ちるの?」

大人「それはね、石が地面にあることが普通だからだよ。そこに戻っていこうとするんだよ。」

という風に。こんな考え方が当時の常識だとしたら・・・・。「ものがどうして落ちるのか?」という問いに真剣に答えようとすること自体が意味のないことになってしまいますね。ですから、アリストテレスの考え方はこの時代の物理学者たち(ガリレイなど)に対してはとても有害な考え方であったわけです。

さらに、アリストテレス主義はローマカトリックの教義として採用も受けていたために、なおさらこれに反抗することは世界を敵に回すようなものだったのです。

(②終わり)

 


ここまでで歴史的な背景のおおよそを解説しました。次回はこのような世間の風潮の中、ガリレイがどのような考えを提示していったかという核心に触れていくとしましょう。

高校物理の現状問題点と考えること

私は現在東北大学の物理学科4年生です。物理学科ですが、実は高校の頃はとても物理がよくわからない科目という印象で、一番入試の時に引きずっていた科目でした。

それはなぜか。端的に言うと、「数学をきちんと用いた物理の勉強」をしていなかったからです。

それは私の実力不足というところもあったかもしれません。ですがこれには高校数学のカリキュラム上、どうしても難しいところがあるのです。

高校物理を「しっかりと」理解するためには、高校三年生で勉強する数学(微分積分学)がどうしても必要です。ということは、高校三年生という入試に焦る時期(学校の先生たちに焦らされる時期)にやっと数学の基礎づけが終わることになります。しかし、そこから今までの方法と異なる方法で物理を勉強し始めるような気合のある人はなかなかいないでしょう。

私もその一人で、現役の時は物理によって入試に落ち、浪人しました。某予備校に通い、「きちんとした物理」を勉強させていただき、いかに高校の時によくない物理の勉強になっていたかを理解しました。

その後は順調に物理の成績を伸ばして大学に合格しました。
さて、では「数学をきちんと用いないで勉強する物理」は何がいけないのでしょうかそれは、本当なら数学の計算で導出ができる式を「公式」として暗記するしかなくなってしまうからです。これにより、生徒たちは「公式」がどうして出てきたのかわからないままに式を用いることになり、どうしても暗記の数がどんどんとかさんでいくような気がします。しかし、実は暗記の数は物理は極限レベルに少ないです。なぜか?
それは以前の記事「物理学とは?」を読んでみるとわかります。実験をするうちに「ん?なんかこの数式が成り立つ??」というものが見つかり、それが法則になります。そしてどんどん集めていくと法則が溜まりに溜まってきます
それで終わりでいいかもしれませんが、最近の物理学は少し方針が違います。「少数の、(基本的に)数学の言葉で書かれた言葉」を「原理」として採用し、今まではびこっていたたくさんの法則たちを全て導出する(理解できる)状態にする方針でやっています。例えば、古典力学と呼ばれる高校物理でまずはじめに学ぶ物理学における原理はニュートンの運動の3法則と呼ばれています。ー慣性の法則・運動方程式・作用反作用の法則です。

これらは「原理」です。誰も必ず正しいということは証明はできません。しかし、間違っているということもできません。だから現状は正しいとして「考えてみよう」ということにしているのです。

ですから、もしもあなたが実験を繰り返しているうちにこのニュートンの運動の3法則が成り立たないことを確認し論文にし、世界の人たちをアッと言わせれば、それはノーベル賞物の発見になるのです!!(実はもうこのニュートンの運動の3法則は原子レベルの小さな小さな世界では成り立つとは言えないことが現在の物理学の認識であり、小さな世界を支配している「原理」は量子力学として発展しています。)
こうして、現在の物理学は「数学の言葉」を用いているのですから、数学を用いないでそもそも物理をすること自体が間違っているのです。

実際、高校3年生まで数学+α程度の数学をやるだけで、上のニュートンの運動の3法則を原理として「正しいのだ」と受け入れるだけで、(ほぼ)全ての公式が導出できます。もちろん、かといって全ての公式を毎回導出するわけにはいきませんから、最終的には頭に入れていくことにはなります。しかし、これを「ただ覚える」のと「一旦数学的に計算し導出した上で覚える」ことには雲泥の差があります。自分がきちんと理解しているという感覚も確実に出てくることでしょう。

ですから、私は高校生が物理を学ぶ際、ちょっと苦労してでも数学を先取りしてどんどん勉強し、物理を「きちんと学ぶ」ことが重要だと考えるのです。
そのために、私はこれから4月から順々に動画をあげていき(すでに少しあがっていますが)、中学生卒業レベルの知識がある人がこの動画を見続ければ、物理を暗記という科目に絶対に落とし込まずに勉強を自学で進めていけるようにします。

私は何十年も教育に従事してきた生粋のプロというわけでもないですから、私の動画が誰よりも優れているとは言いません。予備校の先生の方がもっと質のいい授業をしてくれると思う人もいるとは思います。ですが、誰でも無料である程度のレベルに引きあげることができるプラットフォームを作りたいと考えていました。それが私の願いです。物理は確かに数学を用いますし、たくさん計算もしなければなりませんし、正直勉強も大変です。しかし、それをきちんと自分の力でやると、恐ろしく物理が美しくシンプルに出来上がっている学問であるのかということを体得できるでしょう。さあ、物理の世界へ旅立ってみませんか?

物理学のはじまり 地球はどれくらいの速さで回転しているのか

今回の記事はまとめると長くなってしまうので、皆さんがサクサクと量的に無理なく読んでいけるように分割していきたいと思います。流れとしては以下のような感じになります。

①皆さんの常識から考えられる疑問を提示する(今回の記事のメインポイント

②当時の歴史的背景を提示する

③そのような背景のもとガリレイらがどのような考えをしたのか提示する


①皆さんの常識から考えられる疑問

ものは支えるものがなければ落ちます。これは地球に生まれた我々の誰もが日常的に実感することです。そして、一般常識として「地球が回転したり、太陽の周りを回っていること」を皆さんご存知でしょう。そこで簡単な計算を用いて地球がどれくらいの速さで回っているのか見積もってみましょう。

仮定される知識:地球は一周40000kmである。

上のことを一旦そうなんだと受け入れていただき、以下の手順をとって計算してみます。

  1. 地球は1日に1回転する
  2. つまり、24時間で360度回転する
  3. (赤道では)24時間で40000kmほど回る
  4. 1時間では約1667km(=1667000 m)ほど動く
  5. 1秒では約463 m動く

ということになります。これを身近な例でとって考えますと、

  • 42.195kmのフルマラソンは約91秒で走り終える
  • 新幹線は一番速いものでも1秒で88mしか進めない(参考
  • 旅客機最大速度で1秒で286mしか進めない(参考

なんとなく、いかに地球が恐ろしい速さで動いているということが実感できるでしょう。ここから次のようなことも考えられてしまうのではないでしょうか。

ジャンプしたら、ワープするように別の地点に飛び移れるのではないか?

でも日常的にどう考えてもこれが叶わないことは誰にでも明白です。誰かがジャンプした途端にどこかに飛ばされてしまったらたまったもんじゃないですね。

かといって、どうして上のワープができないのか・・・などと考え始めるととても難しいことだと思わないでしょうか。

このようなことにも説明がつかないですし、まさか地球が回っているなどということは大部分の人たちは考えもしなかったわけです。(①終わり)


 

内容としては読者に問題を提起した感じなります。不完全燃焼となる方もいるかと思いますが、とても直感的に色々考えを巡らすこともできますし、色々考えていただけたらと思い、一旦ここで記事を切り、次回以降にまた更新して考えを深めていけたらと思います。

[力学1]monkey hunting

「物理学のはじまり 天才ガリレイの登場」において落下の法則を扱いました。おさらいしておきましょう。

落下の法則:物体が落下の際移動する距離は、時間の二乗に比例する。(重さにもよらない)

図1:落下の法則

転がす対象となる物体は、羽などの極端な物質でなければ重さが異なっていても落下するのにかかる時間は同じです

それを応用してみた面白い例がこのモンキーハンティングになります。内容を紹介いたしましょう。

図2:モンキーハンティング解説その1

図2のように左下の人が木にぶら下がっている猿に狙いを定めています。猿が発砲と同時に、玉を避けようとして木から飛び降りたらどうなるでしょうか

実は、玉は猿に当たってしまいます。したがって図3のようになってしまいます。

図3:モンキーハンティング解説その2

 

この結果は、上に書いたガリレイによる「落下の法則」によって理解することができます。

重要なのは「鉄砲の玉」と、「猿」という「物体」は、重さがたとえ違っても、落下する際には関係がないと考えられ得ることに注意してください。

そして、上の図を次の図4のように考えてみましょう。

図4:モンキーハンティング解説その3

少し図を回転させ、鉄砲の向けている方向が水平面になるようにしてみました。そして、重力の方向を、赤色矢印と白色矢印に分解してみました

するとどうでしょう、この図の見方で考えれば、「下方向への落下」は「鉄砲の玉」も「猿」も全く同じになります。ですから、例えば鉄砲の玉を飛ばさずにその場で落とすだけにすれば・・・図5のようになります。

図5:モンキーハンティング解説その4

ですから、たとえ鉄砲の玉に図5右方向へと速さを持っていたとしても、落下距離は全く同じなります。よって、図6のように考えられます。

図6:モンキーハンティング解説その5


 

 

おわかりいただけたでしょうか?このようにして、お猿さんは発砲と同時に避けようとしたのが不幸で、その行動はまずかった、というわけですね。

筆者が高校生の頃にはこの実験をやったのですが、現実にはなかなかうまくいかなかった記憶があります(笑)。ですが、こちらの塾ではそういううまくいかないところも含め、生徒たちの議論の対象にしていけたらいいと思っております。

物理学のはじまり 天才ガリレイの登場

前回はケプラーに焦点を当てて話をさせていただきました。今回はその後物理学を引きつないでいったかの有名な「ガリレオ・ガリレイ」に焦点を当てることにします。


1:振り子の周期が変わらない事に気がついたガリレイ

フィレンツェにて生を受けたガリレイは、親に医者になるよう勧められて育てられた。親は数学が好きだったらしいが、お金が儲かるからという理由で医者になるよう言われたようである。

しかしガリレイは医者の仕事よりも物理的なものに興味があった。ある時寺院の天井に吊るされている燭台が、ろうそくに火をつけるために動かされ揺れているところを彼は眺めていた。次第にろうそくの揺れ幅は小さくなっていくが、彼はその一往復の周期は全く変化していないことに気がついたのです。

これは非常に不思議なことですよね。図解してみました。図1をご覧になってください。

図1:ガリレイが見た振り子のようす

ガリレイはこのようなものを見ていたのでしょう。彼は自分の心臓の脈を用いてこの時間をなるべく正確に測ろうとしたところ、ほぼ同じ時間ということに気がつきました。(図1で言えばT=T’ということです!!

さらに驚くべきなのは、この振り子の周期は、振り子の先についている物体の重さにも全くよらずに一定であるということです。

彼は逆にこのことを利用して「振り子を脈を測る道具として利用する事」に応用しました。それは「脈拍計」として用いられ、医学への大きな貢献になったのです。

しかし、彼の医学に対する貢献はこれで最後。その後は物理学に対して打ち込んで行く事になります。


2:落ちるのにかかる時間は重さにはよらない

彼は振り子の運動が重力による落下運動の特殊な場合であること、また、振り子の周期が全くをもって運動している物体の重さに依存しないことから、仮に重い物体と軽い物体を同じ高さから落下させたとしたら、同時に着地することを予想した

これは「ピサの斜塔からガリレイが重い物体と軽い物体とを同時に手から離して落下させて実験」(図2)として有名になっていますが、歴史学に関する研究によればこれは実際には行われておらず、話が大きく噂になってしまっただけのようです。

図2:ピサの斜塔からの落下の実験

何れにしても彼は自分の家では繰り返しこのような類いの実験を行い、上の仮説を実証したでしょう。

しかしこれは当時当然の知識として受け入れられていた「アリストテレス哲学」の考えと矛盾しています。重いものほど早く落ちる。これは我々の直感にもなんとなく合っています。羽と鉄球を同時に落としたら、鉄球の方が落ちるのが早いですよね?


3:落下の法則の発見

ガリレイはものが落ちることに関する数学的法則を見つけ出そうとした。しかし、ものが落ちるスピードはそれを研究する際にはあまりにも速すぎた。

そこで、彼は斜面にものを転がすことで、重力による落下のスピードを「弱める」ことにした。その落下にかかる時間の測定に、彼は「水時計」を使って克服しました。これは「水の量によって時間を計る」時計です。

例えば一秒に100mLの水が出てくる水道が目の前にあるとして、実験を行って水時計で時間を測った結果、500mLの水が出てきたとすれば?それはもちろん、5秒の時間を要したということがわかるわけです。このようにして、出てきた水の量から逆算して時間を計算してやろう、という考えなわけです。

それにより、彼はこの実験から何を発見したか・・・

物体を斜面に転がし始めた時から同じ時間が経過するごとに、物体が斜面を転がる距離は1:3:5:7:9:11:…と変化した。

これはとても奇妙なことです。しかし、美しいですね。どうしてこんな綺麗な関係性が見られるのか。ある意味恐ろしいかもしれません。上の文章を図解してみると図3のようになります。

図3:斜面における落体の実験のようす

皆さんも実験を頭の中で想像してみれば、同じ時間が経過するごとに距離がだんだん伸びていくことを実感できるとは思いますが、それがこのような綺麗な整数の比であると考えるに至るのは大変なことですよね。

さて、彼はさらに考えを進め、スタート地点からの距離はどうなっているのかということについても考えてみた。これを図にしてみたのが図4です。

図4:スタート地点からの距離

さて、何かお気づきでしょうか。それは1,4,9,16…という数字が平方数であることです。

そこで彼は次のようにこの実験結果を一般化し、法則としました。

落下の法則:物体が落下の際移動する距離は、時間の二乗に比例する。

とても鋭い洞察力ですよね。彼はこの実験の際に現在の積分の元とも取れるような考察を行っています(こちらでは紹介いたしません)。

さて今日はここまでしましょう。次回はこの落下の法則を応用した面白い例を紹介したいと思います。

参考文献:ガモフ,ジョージ(1962)『ガモフ全集・第10巻:物理の伝記』pp.64-71,鎮目恭夫訳,白揚社

物理学のはじまり 地球が回ってる

1:コペルニクス的転回

前回の記事において、プトレマイオスが打ち出した天動説の考え方に皆が縛られていた話をいたしました。

しかし、ニコラウス・コペルニクスという人が『天体の回転について』(1543年)を出版し太陽を中心として地球が回る世界体系を打ち立てた。とは言っても、当時はローマ教会からの禁止を避けるために「これは純粋な計算により出てきただけの結果に過ぎず、本当かどうかなんてわからない。」というような、ローマ教会側の考え(=地球こそが中心だ!)を否定しないような記述に配慮していたそうです。とは言っても、この本が世に出たことでキリスト教に対する信頼が落ちて騒ぎになったそうである。またこの本の出版は、弾圧の可能性を危惧してか、コペルニクス自身が亡くなるのを待って出版されたようであった。


 

2:ケプラーの発見(その1)

コペルニクスが打ち出した新たな世界体系においては、惑星の軌道は完全な円を描くと考えられていました。

しかし、デンマークの天文学者ティコ・ブラーエが行った惑星運動の精密な観測結果から判断すると、どうも軌道は円軌道ではないことケプラーは見出した。ケプラーはティコの弟子であり、数学的知識も非常に富んでいたために、この運動についての計算を詳細に行ったのです。長年の研究の末、彼は現在において「ケプラーの第一法則」と呼ばれる法則にたどり着いた。

ケプラーの第一法則:「惑星は太陽の周りを正確な円軌道を描いて運動するのではなく、太陽を焦点とする楕円軌道を描いて運動している。」

※楕円における「焦点」が何かきになる方は調べてみましょう。こちらでは議論が複雑になるのを避けるために深く厳密には解説はいたしません。


 

3:ケプラーの発見(その2)

また、彼は同時に次のようなことも発見した。

「惑星が太陽の周りを回るとき、近日点においてはそのスピードが速い。しかし、遠日点においてはそのスピードが遅い。」

これは少し図を見ながら解説いたしましょう。

図1:近日点・遠日点での速さの違い

近日点とは、図1でいうところの「速い!」となっている位置です。太陽=日に近い点ということですね。それに対して「遅い!」となっている点のことを「遠日点」と言います。

これを発見したこと自体でも相当恐ろしいことだと思うのですが、ケプラーは一歩進み、現在「ケプラーの第二法則」と呼ばれているものを打ち立てました。

ケプラーの第二法則(面積速度一定の法則):「太陽と惑星を結ぶ仮想上の線分が等しい時間の間に作る面積の大きさは必ず等しい。」

上の色分けには意味があります。これも簡単に図を用いて説明します。図2をご覧になってください。

図2:第二法則説明図その1

これは上に説明したケプラーの第二法則の中の緑色の字太陽と惑星を結ぶ仮想上の線分」をまず描いてみたものになっています。①と②に当たるのがそれですね。では次に図3を見てみましょう。

図3:第二法則説明図その2

オレンジ色で「等しい時間の間に」と言っていますから、ある時間が経過したとしています。もちろん、惑星はケプラーの第一法則を認めれば楕円軌道上を少し動きます。

さて最後に図4を見てみましょう。

図4:第二法則説明図その3

「作る面積の大きさは必ず等しい」と言っていますね。図4に置いて斜線を引いた面積が同じということになります。驚きですね。

 


 

4:ケプラーの発見(その3)

ケプラーは惑星運動についての第一法則、第二法則を発見した(1609年)、9年間の時を経て、現在「ケプラーの第三法則」と呼ばれているものにたどり着きました。

ケプラーの第三法則:「種々の惑星の公転周期の2乗は、それらの惑星の太陽からの平均距離の3乗に比例する。」

 

 

口を酸っぱくして言いますと、これらは「法則」です。法則がよくわからない方はこの記事の2:「物理学と数学の比較」を読んでみてください。間違いを恐れず簡単に言い切ると、法則とは「実験によって、なんだかよくわからんが成り立つもの(でもなんでかはよく分からん!)」です。ですから、この後の人々はどうしてこのケプラーの三法則が成り立つのかを説明しようと悪戦苦闘していくことになります。その解決にはこれから50年以上の年月を要することになったのです。

 

(続く)

物理学のはじまり キリスト教の弊害

1:「地球こそが中心なんだ」という考え方がはびこる

前回最後に紹介しましたプトレマイオス(紀元後200年ほどの人物)は、「地球が世界の中心であり、その他の惑星は地球の周りを回っている。」という世界体系を打ち出し、その考え方はキリスト教の教理に非常に合っていたため、これが根底概念として支配されるようになりました。

現代において、太陽の周りを地球が回っていることは疑念の余地がありません。誰も疑わないでしょう。しかし、当時は逆であり、「地球こそが世界の中心である」という考え方(=天動説)が当たり前の事実として受け入れられていたのです。

では、ここで我々が過去にタイムスリップしまして、「地球こそが回っているんだよ。太陽が中心なんだ。」と言いふらしたらどうなると思うでしょうか?

実は、宗教裁判所(異端審問所)というところが目を光らしており、そのような発言をしたあなたを糾弾し、刑に服せられてしまうでしょう。

そんな時代はヨーロッパにおいて1000年以上も続き、科学の発展を妨げてしまったと考えられます。


 

2:ギリシア科学の逃げ道はアラビア帝国であった

幸いにして、ギリシアで発展した科学の基礎はアラビア帝国に伝わり、そこで生き延びたのです。アラビア時代(7世紀頃)に発達した学問の言葉は今でも名前が残っています。アルジェブラ(代数学)、アルコール、アルカリ、アマルガム、アルマナク、アンタレスなどなど。

しかし、アラビア帝国においては、数学は発達したにもかかわらず、物理学への重要な寄与はなかったと言われています。


 

3:ヨーロッパにて再び

キリスト教信仰により物理学の発展が抑えつけられ、西暦784年となった頃、次第にヨーロッパに科学再興の兆しが見えた。フランス帝国において修道院には付属の学校をつけることが義務となり、時を経て1100年にはパリ大学が造られた。とは言ったものの、実はローマ帝国により教育の内容については厳しい監督がなされていた。主に研究が許されていたのはアリストテレスの書物であり、これはギリシア→アラビア→ヨーロッパというようにアラビアを経由して再びヨーロッパの手元に戻ってきたのものであった。しかし以前にも書いたように、アリストテレスの哲学は物理学を発展させるという意味ではあまり優れておらず、むしろ弊害となっていた。

結果として、再興仕掛けているヨーロッパはなかなかその道に乗り切ることができなかったのです。


 

今日はここまでにしましょう。なんとなく内容はつかめて頂けたでしょうか?今までの流れを簡単にまとめると、

  1. ギリシアで科学の基礎が芽生えた(〜西暦200年頃まで)
  2. ギリシアが衰退=科学発展がストップ
  3. ギリシアの科学の基礎をアラビア帝国が引き継いだ(西暦700年ほど)。一方、ヨーロッパはキリスト教信仰により科学発展ほぼ停止。
  4. ヨーロッパの一部では厳しい統制の中、フランスなどで再興の兆し。(西暦1100年ほどまで)
  5. アラビア滅亡(11世紀ほど)

 

かなりざっくりですが、ギリシアで科学の基礎が芽生え、それはキリスト教信仰がヨーロッパにはびこっている間はアラビアに避難していたのですね。それが次第にヨーロッパに戻り、再興の兆しが見えていたのですが・・・・。アリストテレスの哲学はヨーロッパにおいて科学の発展には不利な状況であった、と。

物理学のはじまり アレクサンドレイア学派

今までギリシアで発達した物理学の歴史を簡単に追ってきました。しかしこの頃ギリシアの中心地アテナイはスパルタとの戦争(ペロポネソス戦争:紀元前431-404)によって大きく衰退していき、物理学の中心地は当時オリエントとヨーロッパの交易の中間地点として栄えていたエジプトのアレクサンドレイアに移っていきました。

この時代に物理学を発展させたおもな人物はヒッパルコス、ヘロン、プトレマイオスです。いかに軽く紹介していきましょう。

 

♠アレクサンドレイア学派その1「ヒッパルコス」(紀元前200年ほどの人物)

彼は天文学の分野で活躍しました。星の観測精度を当時可能な最大限にまで引き上げ、1080個の星の目録を作り上げています。また、彼は「分点歳差」の現象を発見しました。分点とは天球上で太陽の軌道が天の赤道(=地球の赤道を天球上に引き伸ばしたもの)と交わる点のことで、現在は「秋分点・春分点」などという名前で聞かれるのが普通です(図1をご覧になってください)。

図1:分点とは?(Wikipediaより図を引用)

しかし実際にはこの分点は年が変わるごとに若干ずれています。これは歳差現象と呼ばれ、のちにNewtonが創立した力学によって完全に解かれました。(いずれ触れることになるでしょう。)これはコマにも見られる現象です(コマというのはクルクル回るあのコマですよ!)。コマが回っている間、コマの軸は少し傾いていませんか?(わからない方はYoutubeなどでコマ 歳差のキーワードで調べてみましょう。)実は地球もこのように運動しています。

この歳差運動によって、「分点」の場所は地球から見る人にとってはずれたように見えてしまうわけですね。
♠アレクサンドレイア学派その2「ヘロン」

先ほどのヒッパルコスは主に天文学の分野で活躍した人物ですが、ヘロンは物理学の発展に大きく寄与しました。彼は『力学』『気学』『反射光学』などを書き、『反射光学』においては、当時から「ものが見える」ということの原因を、「目から発された光線がものに反射してから目に再び入ってくるから」と捉えていたことも記されています。また、この著書において彼は「光は最短経路で進もうとするからまっすぐに進むのである」ということにも言及していました。

 

 

♠アレクサンドレイア学派その3「プトレマイオス」(紀元後200年ほどの人物)

この人はヒッパルコス同様天文学者です。彼は『アルマゲスト』という本を書き、ヒッパルコスよりも豊富なデータを作り上げました。物理学の面での彼の貢献は『光学』に記されており、屈折について詳しく扱っています。彼が行った実験の概要を簡単に以下に記します。図2をご覧になってください。この図において、この人の目に硬貨は映らないでしょう。しかし、この目の位置を完全に固定したまま水を注いでいくと、なんとこの硬貨が浮かび上がってくるように見えます。実演動画を撮ってみましたので、ぜひ見てみて下さい。

「プトレマイオスの光の屈折の実験」

これは現代風の言葉で言えば、

屈折の法則:「ある媒質からある媒質へと光が移動するとき、入射角と屈折角の正弦(サイン)の値を比にとったものは一定である。」

ということになります。これは法則ですから、経験則にすぎません。仮にこの実験をいろいろな物質についてやってみたとして、ある媒質については成り立たないことが示されたとしたら、この法則はあらゆる物質に成り立つとは言えなくなり、完全な法則とは言えなくなるわけです。今までの記事を見ている方であれば、私が口をすっぱくして言っているので、わかっていただけているでしょうか?

 

それでは今日はここらへんで終わりにしましょう。