仙台物理実験塾 PeX

Experiment × Physics

月別: 2017年4月

GW明け仙台物理実験塾PeXオープン!

こんにちは。塾長の北山です。

 

このたび、GW明けから「仙台物理実験塾PeX」を始めることになります。

 

さまざまな人たちとの縁に支えられ、大学三年生の終わりの春休み頃から準備をいそいそと進めてきまして、どうにか事業を始める大きなステップに踏み込めることになりました。住所は以下の場所に決定いたしました。

〒980-0021 宮城県仙台市青葉区中央2丁目10-1 第二勝山ビル4階


ローカルな話になってしまいますが、ほとんど「クリスロード」だと思ってくれて構わない素晴らしい立地です。こんないい場所に構えていいのだろうかと恐縮なほどです。(もう少し詳しく言うと、「キルフェボン」様のすぐ近くにございます。)

 

 

<主なアクセス>

  1. 仙台駅から徒歩10分
  2. 南北線広瀬通駅から徒歩5分
  3. 東西線あおば通一番町駅から徒歩10分

などが考えられます。自転車でお越しの方は、今のところは近隣の地下駐輪場などに駐めていただくことになります。(後々当社が駐輪場を近隣に契約する可能性は考えております。)

お車の方は、近くに沢山駐車場はございますが、少々駅前は駐車料金の値が張りますので注意なさってください。(おおよそ30分で200円程度です。)

 

 

 

<今後の予定などをQ&A形式で>

Q1:生徒の募集はいつからしてるのですか?

A1:GWが明けた5月8日から始める予定でございます。


Q2:授業形式はどのような感じなのですか?

A2:二つあります。

物理実験を少人数(1人〜5人程度)で行い、先生含むグループディスカッションなどを通しながら考えを深め、最後に結果の発表を行ってもらいます。さらに次の講義の時間には先生側から実験の背後にある「数学・物理」などについて触れ、フィードバックを行います。このように、実験は時間のかかるものなので、週二回を基本の単位として、焦らずゆっくりと学んでいきます。

ただし、実験をする前に学んでおくべき基礎的な知識をまず生徒さん方に教えるべきとこちらが判断した場合、通常の講義が週二回続くこともございます。生徒さんのレベルなどに合わせて、臨機応変に対応するつもりです。

上記の①がうちの塾の特徴でもありますが、個別指導レベルで十分だと考える方は対応が可能です。この場合、私の指導可能科目が「数学・英語・化学・物理」であることにご注意ください。その他の科目の指導については、別途教師を揃えられる可能性がございますので、お気軽にご相談ください。

こちらは①とは異なり、週一回を基本単位として受講いただけます。


Q3:授業料はいくらかかるのですか?

A3:A2で紹介した①②のどちらの形式で授業を行うかによって変化します。

中学生・高校生ともに月謝は共通です。

上記①の「物理実験を含む講義を週二回で受講の方」:30,000円/月

上記②の「個別指導を週一回で受講の方」:15,000円/月


 

Q4:生徒の対象はなんですか?

A4:中学生・高校生がメインになります。


Q5:先生は塾長だけなのですか?

A5:今の所そうなります。ただ、イベント等に臨時で講師を招くことはございます。近々現在東北大学の理学部に在籍して研究を行っている先輩方を招き、高校生のみなさんにどのようなことを研究しているのか紹介してもらうイベントを開催するつもりでいます。

大学生であっても、どんな研究分野があるのかということを知る機会はなかなか得られないです(もちろん、研究室などに自分で足を運べば別ですが)。そこで、高校生方へ向けて簡単に紹介してもらい、「へぇ〜」という程度でもいいから知ってもらう場所を作ることが重要だと考えています。


Q6:どちらに連絡をすればよろしいのですか?

A6:私の携帯電話に直接連絡していただくか、メールアドレスに連絡をよろしくお願いいたいます。電話は対応できない可能性もございますが、必ず後々折り返しかけ直しますので、お気軽に連絡をなさってください。

携帯電話とメールアドレスの情報についてはこちらを参照してください。

(終)

[解説・補足]三角比(その3)

この記事は、動画「三角比(その3)」3.定義:三角比の拡張で述べたことへの補足を行います。

※これらの動画の意義は、私が「高校物理をきちんと物理するために必要な数学」をまとめることです。仙台に高校物理・数学の塾を開いており、この動画の流れは私が実際に講義で行う授業の簡略版というようなものです。


1:定義の拡張について

さて、今回は今まで定義していた三角比なる量を拡張する講義になっています。

一番「基礎的な三角比」とは、動画「三角比(その1)」1.定義:三角比とは

にて扱いましたね。もし分からない方がいらっしゃれば、まずはそちらをご覧ください。

 

ここにおいては、三角比は「三角形の辺の」によって定義されていましたから、角度θは0°より大きく、90°より小さいものでした。(この意味が分からない方は、動画「三角比(その3)」3.定義:三角比の拡張の、0:30-1:20あたりを見てみると良いでしょう。)

 

これで確かに話を完結させてもいいのですが、数学はしばしば一般化や拡張を行おうとします。つまり、今回の話で言えば、角度θを90°より大きい角度に拡張してあげられないか?そのためにはどのようなルールを設けてあげればいいのか?というようなことを考えるのです。

 

実際、高校2年生でやることになる「三角関数」という分野においては、この三角比の定義をあらゆる角度(100000°であろうが、2000000°であろうが。しかもマイナスの角度-1000000°なども考えられるようにしてしまうのだ!!)に対して拡張することになります。

これは、初めて数学に触れる高校生にとってはよく分からない子も出てきてしまう分野かもしれません。今までは0°<θ<90°という範囲に限っていた気がするのに、いつの間にかどうしていろんな角度について扱えるようになってしまっているのか?

定義を拡張することに関する端的な答えはこのような感じ:

今までのルールに「追加ルール」を加えてみて、今までのルールを損なわないようにあれこれ工夫してみようとすること。

 

ですから、実は数学者も、「定義を拡張する」ときはおっかなびっくりなのです。「本当にこんな拡張の仕方でいいのかなあ・・・大丈夫かなぁ・・・」のように。そうとは知りませんよね??でもこれが普通なのです。数学者たちが「こういう風に拡張したらうまく今までのルールも損ねずにすむんじゃない?」というふうに、議論して新しい世界を開拓していくのです。

そして、私たちは幸いにも、いろいろな数学者が研究した「成果」に触れることができます。彼らに大感謝なわけです!!


2:今回の三角比の定義の拡張方法は…

もう動画「三角比(その3)」3.定義:三角比の拡張をご覧になった方はわかるかと思いますが、今回の三角比の定義の拡張方法は、

半円状の座標P(x.y)と、円の半径r

に焦点を当てています。これらx,y,rを用いて三角比を拡張し、0°以上180°以下のどんな角度についても扱えるようにしています。

これは新しい三角比の定義です。しかし、上にも述べたように、この新しいルール(定義)が、元のルールを損ねたらまずいわけです。(そのあたりの動画は動画「三角比(その3)」3.定義:三角比の拡張(05:32)をご覧になってください。)

ですが、実際動画でも述べたように、この新しい定義は、元の定義と一切矛盾しません!!

ですから、この新しい定義を元の定義の一つの自然な拡張として使うことにしてはみないか??というふうになったわけですね。

 

この辺りの数学の事情は知ってるようで知らない方も多いとは思います。実際私は大学に入って数学を学んでからいろいろ気づくこともありましたし、高校の先生が教えてくれるとも限りませんからね。


3:まとめ

:どうして三角比は0°より大きく90°より小さい角度に対してのものなのに、180°まで扱えるようになるの??

:「なんで」というよりは、「そうすると矛盾なく自然な拡張に見えるから、とりあえずそれ使ってみない??」という割とフランクな感じが答えになるかと思います。(笑)

 

(終)

教育について思うこと

先ほど、TEDにて次の動画を見ました。

 

 

「学校教育は子供の創造性を潰している?」というタイトルです。

リンク先へ飛べば視聴できます。英語で聞けない方は字幕があるので、そちらでJapaneseを選べば日本語訳を表示させつつ見ることができます。

このお話を聞き、少し教育についての考えをまとめさせていただきます。


日本はとても間違いに対して敏感な国だと思っています。

(この人の話を聞く限り、日本以外の国でも例外ではないようです。)

 

 

出る杭は打たれる。間違いは徹底的に叩く。少しでも間違えたらネットの晒し者にされてしまったりします。そういうのも恐れているのか、周りと同じように、同じように、真似して、出っ張らないようにする傾向がある。

ここから私が思うのは、「何らかの固定概念に支配された人しか育たないのではないのか」ということです。あたかも機械のような。これにはたくさん反論もあるとは思います。極論ですから。

でも、このTEDのスピーチでKen Robinsonが例に挙げていた学習障害の子が、彼女の場合はダンスに秀でていたわけですが、たまたま彼女の医者の提案でダンススクールに行かせてあげることを提案して、それが実った。

もしも彼女の母親が学力主義の人で、ダンススクールに行かせるなんて将来どうなるかもわからない、経済的に安定するかもわからない、などとしてやはり学習の方に特化させたりしたら・・・それは彼女の今ある未来はなかったのでしょうね。

こういう話は学校教育などの場面でもあり得る話ですよね。先日Twitterの記事で正方形の面積を求める問題で子供が「対角線×対角線÷2」とやったらバッテンをくらい、正解は「一辺×一辺」にしなければならないというものを見て驚きました。こんなことが実際に蔓延ってしまっていたら、子供が考える力を失っていくということにも信憑性が増しますね。掛け算の順序も決められたやり方でやらないとバッテンを食らう話も有名です。

しかし、それで点数の差をつけられ、順位がつけられ、親が「〜君は何点ですごいけど、あんたは〜」などのようなレッテル。点数社会。子供は、点数を取るために、必死になる。いい学歴を持つために。それが、大学受験が終わるまでのひとまずの目標になり、大学に行くことの本来の意味は薄れている可能性が高い。大学受験が終われば、燃焼して、力つきる。

学歴=最高のような考えが拡がっていて、学歴を持たない人がいけない、という風潮が一部で支配的になっていることがそもそも良くない。そういう風潮があるから、親も子も必死になってしまう。出る杭にはなりたくないから。

持論としては、Ken Robinsonと同じで、子供の好きなようにやらせればいいと思うのです。倫理的・道徳的におかしいことをやろうとしているのであれば、それは親が止めなければならないでしょう。それも一つの教育。ただ、学歴至上主義に惑わされて、本当にやりたいことを見失ったり、その機会を消失するのはもってのほかだと考えます。

自分はたまたま学問の道を歩んでいますが、そうでない人が大半でしょうし、そういう人は学問に捉われず(もっと言えば、大学なんていう縛りには捉われず)もっと興味のある分野にひたすら向かっていけばいいですよね。そしてきっと、どう進もうが失敗は絶対つきものだと思います。自分もこの塾をたちあげようとしている段階で、これから失敗しかないのだろうなぁと思っていますが、それでもいいと思っています。これが自分の今のやりたいことであるし、きっと今やらなければ後悔するから。

(自分はまだそういう大きな失敗の前段階にいるような人種なので、こういうことを口走るのは偉そうだとかいうふうに批判されるかもしれませんが)「何かやりたいということがあれば、それに突き進んでいけばいいのではないのか」と思うんですね。


長々と書いてしまいましたが・・・教育についてとても複雑で難しく、でも重要で考えなければならない問題だと感じさせられましたので簡単に記事にさせていただきました。

(終わり)

 

物理学のはじまり ガリレイ時代の背景

これは前回の記事の続きになります。今回は

②当時の歴史的背景を提示する

ということを書きたいと思います。

 


②当時の歴史的背景

さてガリレイらが地球が動いているのか動いていないのかという問題について取り組んでいた時、時代がどういう背景であったかをお話いたしましょう。

(1)彼の時代はローマカトリック教会が支配しており、聖書の教えが絶対であった。そこでは地球は動いていない、天が動いているのであるとする「天動説」が暗示されていた。

以前の記事「物理学のはじまり 地球が回ってる」でも述べたように、コペルニクスが打ち立てた「地動説」の世界体系は世の中に受け入れられているとは言い難かったことから、天動説が主流の考え方であったことはわかりますね。

(2)アリストテレス主義というものが皆の共通の考え方であった。この考え方は目的因という考え方に根ざしている。それによれば、「すべてのものはそのあるべき位置をわきまえ、大抵はその位置を保っているが、その位置から外れた時にのみ運動が起こり、元の位置に戻るように行う」という風に物体の運動を解釈した。例えば、石は普通地面にある。だから私たちが元の位置である「地面」から持ち上げ手から離してやると、元の位置である地面に戻るように落ちていく。このような考え方が当時の常識だったんです言ってしまえば一種のこじつけでしょう。

子供「どうして石は落ちるの?」

大人「それはね、石が地面にあることが普通だからだよ。そこに戻っていこうとするんだよ。」

という風に。こんな考え方が当時の常識だとしたら・・・・。「ものがどうして落ちるのか?」という問いに真剣に答えようとすること自体が意味のないことになってしまいますね。ですから、アリストテレスの考え方はこの時代の物理学者たち(ガリレイなど)に対してはとても有害な考え方であったわけです。

さらに、アリストテレス主義はローマカトリックの教義として採用も受けていたために、なおさらこれに反抗することは世界を敵に回すようなものだったのです。

(②終わり)

 


ここまでで歴史的な背景のおおよそを解説しました。次回はこのような世間の風潮の中、ガリレイがどのような考えを提示していったかという核心に触れていくとしましょう。

高校物理の現状問題点と考えること

私は現在東北大学の物理学科4年生です。物理学科ですが、実は高校の頃はとても物理がよくわからない科目という印象で、一番入試の時に引きずっていた科目でした。

それはなぜか。端的に言うと、「数学をきちんと用いた物理の勉強」をしていなかったからです。

それは私の実力不足というところもあったかもしれません。ですがこれには高校数学のカリキュラム上、どうしても難しいところがあるのです。

高校物理を「しっかりと」理解するためには、高校三年生で勉強する数学(微分積分学)がどうしても必要です。ということは、高校三年生という入試に焦る時期(学校の先生たちに焦らされる時期)にやっと数学の基礎づけが終わることになります。しかし、そこから今までの方法と異なる方法で物理を勉強し始めるような気合のある人はなかなかいないでしょう。

私もその一人で、現役の時は物理によって入試に落ち、浪人しました。某予備校に通い、「きちんとした物理」を勉強させていただき、いかに高校の時によくない物理の勉強になっていたかを理解しました。

その後は順調に物理の成績を伸ばして大学に合格しました。
さて、では「数学をきちんと用いないで勉強する物理」は何がいけないのでしょうかそれは、本当なら数学の計算で導出ができる式を「公式」として暗記するしかなくなってしまうからです。これにより、生徒たちは「公式」がどうして出てきたのかわからないままに式を用いることになり、どうしても暗記の数がどんどんとかさんでいくような気がします。しかし、実は暗記の数は物理は極限レベルに少ないです。なぜか?
それは以前の記事「物理学とは?」を読んでみるとわかります。実験をするうちに「ん?なんかこの数式が成り立つ??」というものが見つかり、それが法則になります。そしてどんどん集めていくと法則が溜まりに溜まってきます
それで終わりでいいかもしれませんが、最近の物理学は少し方針が違います。「少数の、(基本的に)数学の言葉で書かれた言葉」を「原理」として採用し、今まではびこっていたたくさんの法則たちを全て導出する(理解できる)状態にする方針でやっています。例えば、古典力学と呼ばれる高校物理でまずはじめに学ぶ物理学における原理はニュートンの運動の3法則と呼ばれています。ー慣性の法則・運動方程式・作用反作用の法則です。

これらは「原理」です。誰も必ず正しいということは証明はできません。しかし、間違っているということもできません。だから現状は正しいとして「考えてみよう」ということにしているのです。

ですから、もしもあなたが実験を繰り返しているうちにこのニュートンの運動の3法則が成り立たないことを確認し論文にし、世界の人たちをアッと言わせれば、それはノーベル賞物の発見になるのです!!(実はもうこのニュートンの運動の3法則は原子レベルの小さな小さな世界では成り立つとは言えないことが現在の物理学の認識であり、小さな世界を支配している「原理」は量子力学として発展しています。)
こうして、現在の物理学は「数学の言葉」を用いているのですから、数学を用いないでそもそも物理をすること自体が間違っているのです。

実際、高校3年生まで数学+α程度の数学をやるだけで、上のニュートンの運動の3法則を原理として「正しいのだ」と受け入れるだけで、(ほぼ)全ての公式が導出できます。もちろん、かといって全ての公式を毎回導出するわけにはいきませんから、最終的には頭に入れていくことにはなります。しかし、これを「ただ覚える」のと「一旦数学的に計算し導出した上で覚える」ことには雲泥の差があります。自分がきちんと理解しているという感覚も確実に出てくることでしょう。

ですから、私は高校生が物理を学ぶ際、ちょっと苦労してでも数学を先取りしてどんどん勉強し、物理を「きちんと学ぶ」ことが重要だと考えるのです。
そのために、私はこれから4月から順々に動画をあげていき(すでに少しあがっていますが)、中学生卒業レベルの知識がある人がこの動画を見続ければ、物理を暗記という科目に絶対に落とし込まずに勉強を自学で進めていけるようにします。

私は何十年も教育に従事してきた生粋のプロというわけでもないですから、私の動画が誰よりも優れているとは言いません。予備校の先生の方がもっと質のいい授業をしてくれると思う人もいるとは思います。ですが、誰でも無料である程度のレベルに引きあげることができるプラットフォームを作りたいと考えていました。それが私の願いです。物理は確かに数学を用いますし、たくさん計算もしなければなりませんし、正直勉強も大変です。しかし、それをきちんと自分の力でやると、恐ろしく物理が美しくシンプルに出来上がっている学問であるのかということを体得できるでしょう。さあ、物理の世界へ旅立ってみませんか?

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