物理学のはじまり 地球が回ってる

1:コペルニクス的転回

前回の記事において、プトレマイオスが打ち出した天動説の考え方に皆が縛られていた話をいたしました。

しかし、ニコラウス・コペルニクスという人が『天体の回転について』(1543年)を出版し太陽を中心として地球が回る世界体系を打ち立てた。とは言っても、当時はローマ教会からの禁止を避けるために「これは純粋な計算により出てきただけの結果に過ぎず、本当かどうかなんてわからない。」というような、ローマ教会側の考え(=地球こそが中心だ!)を否定しないような記述に配慮していたそうです。とは言っても、この本が世に出たことでキリスト教に対する信頼が落ちて騒ぎになったそうである。またこの本の出版は、弾圧の可能性を危惧してか、コペルニクス自身が亡くなるのを待って出版されたようであった。


 

2:ケプラーの発見(その1)

コペルニクスが打ち出した新たな世界体系においては、惑星の軌道は完全な円を描くと考えられていました。

しかし、デンマークの天文学者ティコ・ブラーエが行った惑星運動の精密な観測結果から判断すると、どうも軌道は円軌道ではないことケプラーは見出した。ケプラーはティコの弟子であり、数学的知識も非常に富んでいたために、この運動についての計算を詳細に行ったのです。長年の研究の末、彼は現在において「ケプラーの第一法則」と呼ばれる法則にたどり着いた。

ケプラーの第一法則:「惑星は太陽の周りを正確な円軌道を描いて運動するのではなく、太陽を焦点とする楕円軌道を描いて運動している。」

※楕円における「焦点」が何かきになる方は調べてみましょう。こちらでは議論が複雑になるのを避けるために深く厳密には解説はいたしません。


 

3:ケプラーの発見(その2)

また、彼は同時に次のようなことも発見した。

「惑星が太陽の周りを回るとき、近日点においてはそのスピードが速い。しかし、遠日点においてはそのスピードが遅い。」

これは少し図を見ながら解説いたしましょう。

図1:近日点・遠日点での速さの違い

近日点とは、図1でいうところの「速い!」となっている位置です。太陽=日に近い点ということですね。それに対して「遅い!」となっている点のことを「遠日点」と言います。

これを発見したこと自体でも相当恐ろしいことだと思うのですが、ケプラーは一歩進み、現在「ケプラーの第二法則」と呼ばれているものを打ち立てました。

ケプラーの第二法則(面積速度一定の法則):「太陽と惑星を結ぶ仮想上の線分が等しい時間の間に作る面積の大きさは必ず等しい。」

上の色分けには意味があります。これも簡単に図を用いて説明します。図2をご覧になってください。

図2:第二法則説明図その1

これは上に説明したケプラーの第二法則の中の緑色の字太陽と惑星を結ぶ仮想上の線分」をまず描いてみたものになっています。①と②に当たるのがそれですね。では次に図3を見てみましょう。

図3:第二法則説明図その2

オレンジ色で「等しい時間の間に」と言っていますから、ある時間が経過したとしています。もちろん、惑星はケプラーの第一法則を認めれば楕円軌道上を少し動きます。

さて最後に図4を見てみましょう。

図4:第二法則説明図その3

「作る面積の大きさは必ず等しい」と言っていますね。図4に置いて斜線を引いた面積が同じということになります。驚きですね。

 


 

4:ケプラーの発見(その3)

ケプラーは惑星運動についての第一法則、第二法則を発見した(1609年)、9年間の時を経て、現在「ケプラーの第三法則」と呼ばれているものにたどり着きました。

ケプラーの第三法則:「種々の惑星の公転周期の2乗は、それらの惑星の太陽からの平均距離の3乗に比例する。」

 

 

口を酸っぱくして言いますと、これらは「法則」です。法則がよくわからない方はこの記事の2:「物理学と数学の比較」を読んでみてください。間違いを恐れず簡単に言い切ると、法則とは「実験によって、なんだかよくわからんが成り立つもの(でもなんでかはよく分からん!)」です。ですから、この後の人々はどうしてこのケプラーの三法則が成り立つのかを説明しようと悪戦苦闘していくことになります。その解決にはこれから50年以上の年月を要することになったのです。

 

(続く)

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