物理学のはじまり アレクサンドレイア学派

今までギリシアで発達した物理学の歴史を簡単に追ってきました。しかしこの頃ギリシアの中心地アテナイはスパルタとの戦争(ペロポネソス戦争:紀元前431-404)によって大きく衰退していき、物理学の中心地は当時オリエントとヨーロッパの交易の中間地点として栄えていたエジプトのアレクサンドレイアに移っていきました。

この時代に物理学を発展させたおもな人物はヒッパルコス、ヘロン、プトレマイオスです。いかに軽く紹介していきましょう。

 

♠アレクサンドレイア学派その1「ヒッパルコス」(紀元前200年ほどの人物)

彼は天文学の分野で活躍しました。星の観測精度を当時可能な最大限にまで引き上げ、1080個の星の目録を作り上げています。また、彼は「分点歳差」の現象を発見しました。分点とは天球上で太陽の軌道が天の赤道(=地球の赤道を天球上に引き伸ばしたもの)と交わる点のことで、現在は「秋分点・春分点」などという名前で聞かれるのが普通です(図1をご覧になってください)。

図1:分点とは?(Wikipediaより図を引用)

しかし実際にはこの分点は年が変わるごとに若干ずれています。これは歳差現象と呼ばれ、のちにNewtonが創立した力学によって完全に解かれました。(いずれ触れることになるでしょう。)これはコマにも見られる現象です(コマというのはクルクル回るあのコマですよ!)。コマが回っている間、コマの軸は少し傾いていませんか?(わからない方はYoutubeなどでコマ 歳差のキーワードで調べてみましょう。)実は地球もこのように運動しています。

この歳差運動によって、「分点」の場所は地球から見る人にとってはずれたように見えてしまうわけですね。
♠アレクサンドレイア学派その2「ヘロン」

先ほどのヒッパルコスは主に天文学の分野で活躍した人物ですが、ヘロンは物理学の発展に大きく寄与しました。彼は『力学』『気学』『反射光学』などを書き、『反射光学』においては、当時から「ものが見える」ということの原因を、「目から発された光線がものに反射してから目に再び入ってくるから」と捉えていたことも記されています。また、この著書において彼は「光は最短経路で進もうとするからまっすぐに進むのである」ということにも言及していました。

 

 

♠アレクサンドレイア学派その3「プトレマイオス」(紀元後200年ほどの人物)

この人はヒッパルコス同様天文学者です。彼は『アルマゲスト』という本を書き、ヒッパルコスよりも豊富なデータを作り上げました。物理学の面での彼の貢献は『光学』に記されており、屈折について詳しく扱っています。彼が行った実験の概要を簡単に以下に記します。図2をご覧になってください。この図において、この人の目に硬貨は映らないでしょう。しかし、この目の位置を完全に固定したまま水を注いでいくと、なんとこの硬貨が浮かび上がってくるように見えます。実演動画を撮ってみましたので、ぜひ見てみて下さい。

「プトレマイオスの光の屈折の実験」

これは現代風の言葉で言えば、

屈折の法則:「ある媒質からある媒質へと光が移動するとき、入射角と屈折角の正弦(サイン)の値を比にとったものは一定である。」

ということになります。これは法則ですから、経験則にすぎません。仮にこの実験をいろいろな物質についてやってみたとして、ある媒質については成り立たないことが示されたとしたら、この法則はあらゆる物質に成り立つとは言えなくなり、完全な法則とは言えなくなるわけです。今までの記事を見ている方であれば、私が口をすっぱくして言っているので、わかっていただけているでしょうか?

 

それでは今日はここらへんで終わりにしましょう。

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