物理学と数学の違い

今日は物理学と数学の違いについて触れたいと思います。

物理学については先日書いたとおりです。読んでない方は前の記事「物理学とは」を見てみてください。

今日の記事の流れは以下のようになっています。

  1. 数学とは?
  2. 物理学と数学の比較

 

1:数学とは?

数学というと、みなさんはどういったことを考えるでしょうか。計算だったり、図形だったり、難しくてやりたくないものだとか、いろいろあると思います。ここでは数学がどういう学問なのかを書いていきたいと思います。

まず、数学がどういう構造を取っているのかをざっくりと説明しましょう。

図1:数学の構造図

図1を見てみてください。この図で意図しようとしていることは、「土台が公理・定義なるものであること」、そして、「土台の上に定理なるものが確立していること」です。数学に慣れ親しんでない人は、何が何だかわからない人のほうが多いかもしれません。分からない人は、この記事を通してこれを理解することを目標にしてください。

まず、数学の仕組みを理解するために「論理学」という分野について触れます。厳密には細分化されている学問で、私も勉強不足で詳しくはわかっていませんが、重要なことは「Pということを正しいと仮定してみたら、いついかなるときも正しいと導かれることは何か?」ということです。

では、少し例に触れてみましょう。現実に即した感覚的なものを例にとります。

上のPに「雨が降った」を入れてみましょう。つまり、「雨が降ったということを正しいと仮定してみたら、いついかなるときも正しいと導かれることは何か?」ということになります。私の一つの答えとして、「どんな人も傘をさすこと」を提示しましょう。しかし、これは常に正しいことでしょうか?もしも、ある人が天気予報を見忘れてしまい、急に振り出した雨に打たれてしまったら、傘をさしていない人になってしまいますよね。このように、私が述べた結論を否定する内容のことを「反例」といいます。この反例によって、私が上に述べた「どんな人も傘をさすこと」は常に正しいとは言えないことになります。結論は常に正しくなければならないのです。あらゆる時代であろうが、あらゆる人にとってあろうがです。言い換えれば、仮に常に正しい結論であれば、いつの時代の誰にも覆すことのできない永遠不滅の真理となるのです。これを数学の言葉では「定理」といいます。

定理:あることを正しいと仮定したとき、常に正しいと導かれる事柄

ここまでの話で図1の中の「定理」というものを分かったと思います。つまり、図2のように頭の中で整理できていればOKです。

図2:数学の構造図その2

 

さて、ここまで定理と証明について説明してきました。では、定理の説明にある「あること」とは何なのでしょうか?読んでくださっている方でもうなんとなくわかってきた方もいらっしゃるかもしれません。実はその「あること」=「公理・定義」なのです。数学の世界において、一番の土台のことを「公理」といいます。公理が正しいということは誰にも証明することはできません。公理はスタート地点です。公理を正しいと言えないのであれば、定理の説明にある「あることを正しいと仮定したとき・・・」という言葉に合ってないじゃないか!と思う方もいるかもしれませんね。もちろんその通りで、完全に正しいということはできないのです。ただ、それを「正しいもの」として認めてしまおう、目をつむってしまおうというのが「公理」なのです。

公理:数学の一番の土台であり、正しいとは証明できなくとも正しいものだと認めてしまう事柄

さらにそこに「定義」と呼ばれるものを定めます。これは簡単に言えば「ルール」です。スポーツのルールと同じです。しかし、ルールも決めた段階ではうまくいくとは限りませんよね。実際に試合を通してみたりして、よくないルールを排除したり、新たなルールを付け加えたり、いろいろと変化することが考えられます。数学におけるルール、すなわち「定義」も同様です。定義の変更はあり得ます。

定義:数学におけるルールのようなもので、変更はありうるが現状は正しいと認める事柄

では、ここまでをまとめなおしてみましょう。図3のようになりました。

図3:数学の構造図その3

それでは最後にまとめてみましょう。数学とはどのような学問なのか?それは・・・

数学:公理・定義を正しいと仮定し、そこから常に正しいと証明することのできる定理なるものを導いていく学問

ということになります!1:数学とは?の冒頭で述べた、「図1を理解することを目標にしてください、という目標は達成できたでしょうか?

 


2:物理学と数学の比較

物理学については、数学の構造について納得がいただけた方にはとても理解しやすいです。

はじめに簡単にその構造を説明すると、図4のようになります。

図4:物理学の構造

あれ?と思ったでしょうか。実は、物理学の構造自体は数学とほぼ同じです。異なるのは、数学においては「公理」と呼ばれていたものが、物理学においては「法則」となっていますね。法則とは何でしょうか?これが理解できればほぼクリアです。

法則:自然現象(実験結果)を説明することのできる最小限の規則

実はこれは前回の記事「物理学とは」に書いた法則の説明のことです。

ここまでの話では「じゃあ物理と数学何が違うんだ!公理と法則って名前が違うだけか!」というふうに感じられてしまうでしょう。この微妙なニュアンスの違いをこれから述べてみます。

間違いを恐れずに言い切ってみると、

物理学・・・まず、自然現象(図4では定理と書いた部分)がまず私たちの前に現れます。それが常に正しいと証明できるような条件Pは何なのかを探し求める学問です。

数学・・・・まず、公理と定義を決めます。そこから常に正しいと証明できる定理を導き出す学問です。

これではわけがわからない方もいると思うので、もう少し図解して説明してみます。1:数学とは?で述べた「P⇒Q」(「Pが正しいと仮定したとき、常にQということが成り立つ。」)という書き方を用います。

図5:物理学と数学の違い

 

図5を見てみてください。物理学で分からないのはPです。仮定のほうがわからないのです。一方で数学で分からないのはQです。結論が分からないのです。

物理学は、現状の自然現象(Q)は何(P)を仮定すると説明できるのか、ということを追い求めます。

数学は、まず土台(P)を固めてしまい、そこから何(Q)が得られるのか、ということを追い求めます。

実は、物理学において、自然現象を説明するために仮定する事柄を探し出そうとするのは、論理的には完全に誤っています。それを例をとって説明してみましょう。

あなたのクラスの数学の先生の授業はとても分かりにくいとします。また、その先生の授業のテストの平均がとても低かったとします。(これは図5でいうところの自然現象に相当します)

そこであなたはこのような予想を立てます。「テストの点数が悪いのはすべてあの教師の責任だ。授業が良ければもっと平均点が上がる。」この予想も一つの考え方かもしれません。しかし、原因は本当にそれだけといえるでしょうか??もしかしたら、「まったく努力しない生徒ばかりが集まっているから」かもしれません。「たまたま試験範囲が難しいところばかりであったから」かもしれません。原因はたくさん考えることができます。したがって、現状目に見えること(図5のQ)から常に一つに定まる原因(図5のP)を求めることはできないのです。これは論理学においては「誤謬推定(ごびゅうすいてい)」といいます。日常的に私たちが行いがちな論理的間違いです。

しかし、物理学では誤謬推定によりPを求めようと試行錯誤します。したがって、この誤謬推定によって見つけ出した法則Pは、誤りな可能性があります。これはすべて実験結果によって吟味されます。このことは前回の記事においても述べましたが、非常に重要なことです。誤謬推定によって仮定条件(=法則と呼ばれる)Pは得られるものの、それによってあらゆることが導けるわけではないのです。仮に得られた法則Pから導くことのできない実験結果Qが新たに出てきた場合、法則Pは書き換えなければなりません。上位互換へと姿を変えていくのです。これは数学とは大きく異なります。数学では基本的には土台部分の「公理・定義」は変化しません。しかし、物理学においては土台部分の「法則」があやふやなものでできているのです。

図6のように感覚的には理解することができるでしょう。

図6:数学と物理学の土台の違い

 

図6の物理学の土台部分には亀裂を走らせています。

それでは最後にまとめてみましょう・・・

数学とは:公理・定義をまず定め、そこから常に正しいと導き出されるもの(定理)が何なのかを追い求める学問。

物理学とは:実験結果がまず目の前にあり、それを説明することのできる仮定条件を探そうとする学問。

この見方だけではないとは思いますが、現状の自分が思う物理学と数学についての印象を書かせていただきました。


 

 

 

次回以降は物理の歴史などに触れていきたいと思います。また、センター試験等の問題を数学的にちゃんと記述しつつ解く方法についてものせていきたいとおもっています。

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